第1景
鳥取のデイサービス — 手書きのメモが、そのままデータになる朝
職員数約50名、利用者約150名のデイサービスで、手書きメモのOCR取り込み・iPad記録アプリ・報告書の自動作成を2年かけて育て、書類業務を月100時間以上減らした。今までと書類の形式など変えず、60代の施設長と高齢の職員もそのまま使える形にした現場の記録。
株式会社イングス

- 業種
- 介護・福祉
- 規模
- 10〜50名
- 使用AIツール
- Claude Code
- 業務領域
- 記録・議事録・資料作成
- 導入形態
- 構築委託
- 成果
- 書類作成にかかる時間が月100〜150時間減少。書類のための居残り・残業が減り、記録の正確性が向上。職員の定着にも波及。
朝、鳥取県にあるデイサービスの事務所で、複合機が動いています。読み込んでいるのは、前日までに現場のスタッフが書き残した手書きのメモです。紙をまとめて差し込むと、そこに書かれていた内容がそのままデータとして保存されていきます。
フロアでは、iPadを手にしたスタッフが利用者のケアを終えたところです。入浴、食事、レクリエーション。それぞれの記録は、あらかじめ用意された選択肢をタップするだけで終わります。文章を一から考える必要はありません。
事務員の机の上には、今月分の利用者状況報告書が積まれています。一枚一枚を手で組み立てたものではありません。日々のデータをもとに自動でまとめられた文章に、事務員が目を通し、必要なら手を加えて、家族やケアマネジャーへ渡す準備をしています。
この景色は、数年前まで存在しませんでした。

導入前の風景
この施設を運営するのは、鳥取市の株式会社イングスです。利用者約150名、スタッフ約50名を抱えるデイサービスです。現場で何かが起きるたびに、まずスタッフが手書きでメモを取ります。それが事務所でスプレッドシートに転記され、日報になり、月末には月次の報告書としてまとめ直され、家族へ渡す手紙としてもう一度書き起こされていました。
同じ情報を、形式を変えて何度も書き直していたのです。もとは現場の生のメモだったにもかかわらず、それを事務所側で二度も三度もこねくり回す構造になっていました。書類作成には、月100時間以上が費やされていました。
施設ではすでに介護記録用のソフトウェアを導入していましたが、痒いところに手が届かないという声が現場にありました。ソフトの仕様に業務のやり方を合わせなければなりません。そのストレスが、日々の記録作業に重くのしかかっていました。
施設長は60代前半。ExcelやWordを多少使う程度で、ITに詳しいというわけではありませんでした。請求まわりのソフトは使えていましたが、日々の記録は手作業のままでした。
きっかけ
書類の負担を減らしたい。ただし、現場のやり方は変えたくない。この施設に必要だったのは、既製のソフトに業務を合わせることではなく、業務のほうに道具を合わせることでした。
2024年4月、株式会社Fyveがこの現場に入りました。完成品を納品して終わりにするのではなく、現場と一緒に作りながら育てていく、伴走の形です。

変わった景色
作ったのは、二つのシステムです。現場のスタッフが記録を入力するiPadのアプリと、その記録を受け取って書類に変える事務員用の管理システム。この二つを、一つのデータベースでつないでいます。現場と事務所とでは、必要なものがまったく違うからです。
現場側のアプリには、汎用記録、認知機能、食事、移動、入浴、プール、レクリエーション、処置記録と、10種類の入力フォームを用意しました。スタッフは選択肢を選ぶだけで記録が残ります。選択肢は、その施設で実際によく書かれている内容から起こしました。あわせて自由入力と音声入力も使えるようにしています。iPadの操作に慣れていない職員でも、選ぶだけなら手が止まらないからです。処置記録には、下書きから確認、承認までのワークフローも組み込みました。
一方で、高齢でデジタル機器の操作が得意でない職員も数名いました。その職員たちに新しい操作を覚えてもらうのではなく、手書きのままでよい経路を別に用意しました。書いたメモを複合機でまとめて読み取らせれば、それだけでデータになります。

現場のデータが溜まってくると、次はそのデータを使う番でした。ここからは事務員用のシステムの話です。
月1回の利用者状況報告書、ケアマネジャー宛の文章、家族宛の文章を、蓄積したデータから自動で作成できるようにしました。この施設が実際に使っていた書類のフォーマットと言い回しをそのまま踏襲したので、内容の見え方は以前とほとんど変わりません。事務員が向き合うのは、できあがった文章の確認と印刷だけになります。
「ケアマネジャーごとに、利用者を五十音順に並べて一括印刷したい」
事務員から出た要望。実装までにかかったのは1〜2日だった
小さな要望がすぐ形になる。この対応は現場で喜ばれ、繰り返すうちに、職員の側から「こうしてほしい」という声が積極的に上がるようになりました。
データが一箇所に集まってくるにつれて、事務員・一般職員・管理者という立場ごとに、見られる範囲と編集できる範囲を分ける仕組みも必要になりました。プライベートな情報を扱う以上、効率化と同じだけ、閲覧権限の整理にも手をかけています。同じ考え方は、看護師が担当する専門的な処置記録にも広がりました。
なぜうまくいったか
一つ目は、最初から全部を作ろうとしなかったこと。最初に稼働したのは、手書きメモをデータにする仕組みと、iPadでの入力機能だけでした。稼働までにかかったのは2週間。まず現場が使えるベースを作り、そこから先は使いながら出てきた要望に応じて機能を足していきました。
二つ目は、ITリテラシーの差を、説得ではなく機能で解決したこと。不慣れな人に合わせて研修を厚くするのではなく、その人が今のままで使える経路を足す。iPad側の画面も、大きな選択肢と全画面表示を基本にしました。60代の施設長がすぐに使えたのは、この設計があったからです。
三つ目は、これまで使われていた書類のフォーマットとトーンをそのまま移植したこと。報告書も看護記録も、施設が元々使っていた言い回しを踏襲しました。中身を作る仕組みが変わっても、出てくる書類の見え方が変わらなければ、現場は移行に身構えずに済みます。
四つ目は、現場から出た要望を数日単位で反映し続けたこと。五十音順の一括印刷のように、小さな要望でも早く形にして返します。作る側と使う側が、同じペースで動いていたのです。
効率化された時間
書類にかかる時間は、いま月100〜150時間分減っています。対象になる業務が広がるにつれて、削減できる時間の幅も広がってきました。
この数字は、人を減らすための数字ではありません。書類作成に取られていた時間が、利用者への直接のケアに回るようになったという話です。書類のための居残りが減り、残業も減りました。人手不足と離職が課題になりやすい介護の現場で、この変化は職員の定着にも効いています。
「事務作業の負担が減り、利用者の方と関わることに集中できてすごく助かる」
現場のスタッフの反応
記録の正確性も上がりました。誰がいつ入力したかがはっきりし、手書きの字が読めないという属人化も解消されました。
これから
このシステムは2024年4月に着手し、現在まで約2年以上、継続して手を入れ続けています。最初の2週間で動いたのは、記録をデータにするところまででした。そこから、データを使う書類作成、権限管理、看護記録と、段階的に対象を広げてきました。
一気に全部を作る発想では、この2年は成立しなかったはずです。現場の声を聞きながら、次に何を作るかをそのつど決め直します。その積み重ねが、今の景色になっています。
支援先に聞きました
導入から2年が過ぎた時点で、株式会社イングスの皆さんに4つの質問をお送りしました。以下はいただいた回答です。
Q. 導入する前、一番困っていたことは何でしたか。
毎日出る介助メモという手書きのメモを溜めておいて、それを職員が一つずつエクセルに起こし、その内容をもとに様々な書類を作成していました。この作業で、事務員だけでなく全ての従業員が疲弊していました。
ここは、直接利用者の方と接するという、私たちが一番力を入れたいサービスの核とは違う部分です。本来集中すべきところに、十分な時間も労力もかけられない状況でした。
Q. 実際に使ってみて、何が変わりましたか。
まず、毎日のメモの作り方が、自分の施設内でよく書く内容を選ぶ形式になったのが大きかったです。iPadでの入力になっても、iPadに不慣れな従業員は多くいます。ベースが選択式で、必要に応じて自由入力や音声入力にも対応していることで、メモを残すことへの心理的な負担が減りました。
結果として、メモの作成が楽になっただけでなく、メモの内容そのものが充実しました。それをもとに作られる各種書類の品質も大幅に上がっています。
iPadから送られた情報は自社のデータベースに保存され、その情報をもとに自社のフォーマットに沿って1クリックで印刷できる状態まで、AIが仕上げてくれます。事務員の作業は、印刷前に内容に不備がないかを確認するだけになりました。事務作業の負担はすごく軽くなりました。
Q. 意外だったこと、あるいは最初につまずいたことはありますか。
意外だったのは、最初に丁寧にヒアリングをしてもらい、その方針で作ってみたものを使い始めると、もっとこうしたい、こうなったらもっと便利だ、という部分が次々に出てきたことです。それを伝えると、翌日や数日後には、その機能が自社のアプリやシステムに反映されていました。こんな速度感で現場の要望が形になるというのは予想外で、ここが特に嬉しい部分でした。
最初につまずいたのは、現場の声と、経営者側のやりたいことの擦り合わせです。経営者としては効率化のために仕事の方法も少しずつ変えていきたいのですが、現場の従業員には慣れている方法で続けたいという要望もありました。この部分は、アプリやシステムの機能に幅を持たせることで解決してもらい、お互いにメリットの多いものが出来上がりました。
Q. これからやってみたいことがあれば教えてください。
様々な利用者に対する情報がデータベースに蓄積されているので、それをもとに一人ひとりの介護計画の立案やフィードバックなども、AIの力を借りながらできるようにしていきたいです。
データが整理された状態で保存されていれば、それをAIに参照してもらうことで様々なことに活用できると、これまでの経験で分かりました。最初はAIで何ができるかも分からない状態でしたが、今ではあれもしたい、これもしたいと、やりたいことがたくさんになりました。
編集部から
この現場に2年間伴走してきたのは、AI百景の運営会社である私たち自身です。
取材を終えて一番残ったのは、施設の方が最初に話してくれた一言でした。書類の作業は「直接利用者の方と接するという、一番力を入れたいサービスの核とは違う部分」だった、という言葉です。
何を減らしたいかではなく、何に時間を使いたいか。そこがはっきりしている現場は、道具の側を業務に合わせることができます。この2年で足してきた機能の一つひとつは、どれもその順番から出てきたものでした。
AIが働いている景色は、たいてい地味です。複合機が手書きのメモを読み込み、iPadの画面がタップされ、報告書が一枚出力される。それだけです。ただ、その普通さの手前には、何に時間を使うかを決めた人がいます。


