公開事例の分析
ダイキン工業 — 図面をAIが読める形にしたら、故障診断が10秒になった
工場の設備故障の原因と対策を、10秒以内・90%以上の精度で提示するAIエージェント。新しいデータを集めたのではなく、社内にあった図面と保全記録をAIが読める形に変換した。「データがない」を疑い直す事例。
ダイキン工業株式会社

- 業種
- 製造
- 規模
- 50名〜
- 使用AIツール
- 自社開発AI(受託・共同開発)
- 業務領域
- 情報収集・調査・開発・システム
- 導入形態
- 構築委託
- 成果
- 設備故障の原因と対策を10秒以内・90%以上の精度で提示。堺製作所臨海工場で試験運用を開始し、国内全工場および米国・インドへ展開予定。
工場でポンプが止まります。保全の担当者が駆けつけ、タブレットに状況を入力すると、原因の候補と対策が返ってきます。かかる時間は10秒ほどです。
これまでなら、図面を探し、過去の保全記録をたどり、経験のある人に聞いて回る場面でした。設備が止まっている間、工場のラインも止まっています。
ダイキン工業の堺製作所臨海工場で、2025年4月から始まった試験運用の景色です。
導入前の風景
工場の設備保全は、経験がものを言う仕事です。同じ「ポンプが動かない」でも、原因は何通りもある。どこから疑うかの見立てが、復旧までの時間を決めます。
その見立ての材料は、図面と保全記録と、ベテランの頭の中にありました。図面は膨大で、保全記録は過去のもの、そしてベテランの知見は本人にしか入っていません。若手が同じ判断にたどり着くには時間がかかり、その間ラインは止まったままです。
製造業の設備保全は、人手不足と技能継承がもっとも重くのしかかっている領域の一つでもあります。
変わった景色
ダイキン工業と日立が2025年4月に発表したのは、設備故障診断を支援するAIエージェントの試験運用です。
仕組みの中心は、ダイキンが蓄積してきた工場設備の図面を、生成AIが読み取れる形式(ナレッジグラフ)に変換した点にあります。そのうえで、保全記録などの現場データと、日立が持つ設備故障の原因分析プロセスをAIに学習させました。
保全技術者がタブレットで点検し、ポンプやバルブの異常を見つけると、AIエージェントが原因と対策を提示します。事前の実証実験では、10秒以内に90%以上の精度で回答できることが確認されました。同社は国内の全工場への展開を進め、2025年10月には米国とインドの工場へも広げる計画を示しています。
なぜうまくいったか
一つ目は、既にある資産をAIが読める形に変換したこと。新しいデータを集めたのではなく、社内に眠っていた図面と保全記録を使っています。多くの現場は「データがないからAIは無理」と考えますが、この事例が示しているのは、データはたいてい既にあり、読める形になっていないだけだということです。
二つ目は、暗黙知を明示的に学習させたこと。日立の「設備故障原因分析プロセス」を学習対象に含めています。図面という事実だけでなく、どう考えて原因にたどり着くかという手順もAIに渡している。ベテランの見立てを再現しようとするなら、材料だけでなく手順が要ります。
三つ目は、判断ではなく候補の提示に留めたこと。AIが出すのは原因と対策の提示であり、直すのは人です。90%以上という精度は高いものの、残りの1割を人が拾える設計になっています。
四つ目は、一工場で試してから広げていること。堺製作所臨海工場での試験運用が先で、国内全拠点・海外はその後です。設備保全は工場ごとに事情が違うので、一気に展開すると現場ごとの差で必ず躓きます。
戻ってきた時間
公表されているのは、10秒以内・90%以上の精度という数字です。設備が止まっている時間そのものが短くなるので、効果は保全担当者の工数だけでなく、工場の稼働率に直接効きます。
もう一つの意味は、技能継承です。ベテランの見立てを待たずに若手が動けるようになると、経験の差が復旧時間の差になりにくくなる。人が減っていく現場で、これは工数削減とは別種の価値です。
編集後記
「うちにはAIに学習させるデータがない」という言葉を、AI導入の相談ではよく聞きます。
この事例が示しているのは、図面も保全記録も既にあった、ということです。足りなかったのはデータではなく、それを読める形に変換する工程でした。第一景の鳥取のデイサービスでも、手書きのメモという「読めない形のデータ」を複合機で読み取るところから始まっています。
データがないのではなく、使える形になっていない。そう捉え直すと、着手できる場所は案外近くにあるのかもしれません。
出典: ダイキン工業 ニュースリリース(2025年4月22日)、日立製作所 事例ページ、MONOist(2025年4月23日)


