公開事例の分析
イオンリテール — 発注と値引きの「案」をAIが出す、380店舗の売り場
約380店舗・2,000品目以上で、需要予測にもとづく発注数と値引き率をAIが提示。発注時間は半減、在庫は平均3割減、ロス率は1割以上低減した。AIに「案」を出させ、決める権限は現場に残した分業の記録。
イオンリテール株式会社

- 業種
- 小売
- 規模
- 50名〜
- 使用AIツール
- 自社開発AI(受託・共同開発)
- 業務領域
- 受発注・在庫
- 導入形態
- 構築委託
- 成果
- 発注時間が半減、予測精度が最大40%改善、在庫は平均3割削減。値引き側ではロス率が1割以上低減し、スタッフの教育時間も減少。
スーパーの売り場で、閉店が近づくと値引きのシールが貼られていきます。何を、いつ、いくら引くか。この判断は長らく、その売り場を任された人の勘と経験の領分でした。
イオンリテールでは、この値引き率をAIが提示します。発注も同じです。明日どれだけ売れるかを予測し、発注数の案が先に出てくる。担当者はそれを見て決める側に回りました。
約380店舗、対象はあわせて2,000品目以上。売り場の判断が、AIとの分業に変わっています。
導入前の風景
小売の現場で、発注と値引きは最も神経を使う仕事です。多く仕入れれば売れ残り、少なければ棚が空く。値引きは早すぎれば利益を捨て、遅すぎれば廃棄になる。
やっかいなのは、この判断が担当者ごとに違うことです。天候、客数、曜日、近隣のイベント。考慮すべき変数は多く、そのすべてが個人の頭の中で処理されていました。ベテランは当てられる。異動してきたばかりの人は当てられない。結果として、店舗ごと・担当者ごとに成績のばらつきが生まれます。
そして食品スーパーでは、この判断のずれがそのまま廃棄になります。売れ残りは利益を削るだけでなく、捨てる作業そのものが現場の手間でもありました。
変わった景色
同社が日本IBMと開発し、2024年5月に適用拡大を発表したのが「AIオーダー」と「AIカカク」の2つです。
AIオーダーは、客数と商品の需要予測をもとに、AIが最適な発注数を提示します。約1,000品目・約380店舗で稼働し、対象地域は関東から中四国まで広がりました。AIカカクは過去の販売データをもとに適切な値引き率を提示するもので、こちらは約1,200品目・約380店舗が対象です。
注目したいのは、どちらも「AIが決める」ではなく「AIが提示する」と説明されていることです。最終的に発注ボタンを押すのも、値引きを実行するのも人です。判断の材料を作る工程だけをAIに渡し、決める権限は現場に残してあります。
なぜうまくいったか
一つ目は、答えではなく下書きを出させたこと。「この商品は明日30個」と提示され、担当者はそれを承認するか直すかを選びます。ゼロから考える仕事が、確認して微調整する仕事に変わる。これは現場の納得を得やすい形です。AIが外したときも、人が最後に見ているので事故になりません。
二つ目は、属人化していた判断を対象に選んだこと。発注と値引きは、ベテランと新人の差が最も出る業務でした。裏を返せば、AIの提示が入るだけで底上げ効果が最も大きい場所でもあります。誰がやっても一定の水準になることは、教育にかかる時間も減らします。
三つ目は、業務そのものは変えていないこと。発注する、値引きする、という行為も、その手順も残っています。変わったのは「考える時間」だけです。仕事の形を作り変えなかったから、380店舗という規模に広げられました。
四つ目は、対象を絞って始め、広げていること。2024年の発表は、日配品やデリカへの適用拡大でした。全商品を一度に対象にするのではなく、効果の出る品目から入れて、動いた分だけ広げています。
戻ってきた時間
公表されている数字は、発注時間が半減、予測精度が最大40%改善、平均3割の在庫削減。AIカカクの側ではロス率が1割以上低減し、スタッフの教育時間も減ったとされています。
発注時間が半分になるというのは、売り場の担当者にとって、事務所のパソコンに向かう時間が半分になるということです。その分が品出しや接客に戻る。小売の現場で人手が足りないのは事務作業ではなく売り場なので、この移動には意味があります。
在庫3割減とロス率1割減は、そのまま利益に効きます。ただしこの2つは本来ぶつかり合う指標です。在庫を減らせば欠品が増え、ロスを減らそうと早く値引きすれば粗利が落ちる。両方を同時に動かせたのは、予測の精度が上がったからだと読めます。
編集後記
この事例で持ち帰れるのは、規模ではなく分け方です。AIに渡したのは「考えて案を出す」ところまでで、「決める」は人に残した。第一景の鳥取のデイサービスでも、報告書の下書きはAIが作り、事務員が目を通して仕上げていました。大成建設の施工計画書も同じ構造でした。
どこまでをAIに任せ、どこから人が見るか。この線をどこに引くかが、続く仕組みとそうでないものを分けています。380店舗でも、利用者150名の施設でも、引いている線は同じ場所でした。
出典: 日本アイ・ビー・エム ニュースルーム(2024年5月7日)、流通ニュース


